口語約聖書検索

検索条件 : 
# 書名 章 節 コメント テキスト
1 ヨハネによる福音書 12 42 しかし、役人やくにんたちの中なかにも、イエスを信しんじた者ものが多おおかったが、パリサイ人びとをはばかって、告白こくはくはしなかった。会堂かいどうから追おい出だされるのを恐おそれていたのである。
1 ヨハネによる福音書 12 43 彼かれらは神かみのほまれよりも、人ひとのほまれを好このんだからである。
1 ヨハネによる福音書 12 44 イエスは大声おおごえで言いわれた、「わたしを信しんじる者ものは、わたしを信しんじるのではなく、わたしをつかわされたかたを信しんじるのであり、
1 ヨハネによる福音書 12 45 また、わたしを見みる者ものは、わたしをつかわされたかたを見みるのである。
1 ヨハネによる福音書 12 46 わたしは光ひかりとしてこの世よにきた。それは、わたしを信しんじる者ものが、やみのうちにとどまらないようになるためである。
1 ヨハネによる福音書 12 47 たとい、わたしの言いうことを聞きいてそれを守まもらない人ひとがあっても、わたしはその人ひとをさばかない。わたしがきたのは、この世よをさばくためではなく、この世よを救すくうためである。
1 ヨハネによる福音書 12 48 わたしを捨すてて、わたしの言葉ことばを受うけいれない人ひとには、その人ひとをさばくものがある。わたしの語かたったその言葉ことばが、終おわりの日ひにその人ひとをさばくであろう。
1 ヨハネによる福音書 12 49 わたしは自分じぶんから語かたったのではなく、わたしをつかわされた父ちちご自身じしんが、わたしの言いうべきこと、語かたるべきことをお命めいじになったのである。
1 ヨハネによる福音書 12 50 わたしは、この命令めいれいが永遠えいえんの命いのちであることを知しっている。それゆえに、わたしが語かたっていることは、わたしの父ちちがわたしに仰おおせになったことを、そのまま語かたっているのである」。
1 ヨハネによる福音書 13 1 過越すぎこしの祭まつりの前まえに、イエスは、この世よを去さって父ちちのみもとに行いくべき自分じぶんの時ときがきたことを知しり、世よにいる自分じぶんの者ものたちを愛あいして、彼かれらを最後さいごまで愛あいし通とおされた。