へブル・ギリシャ語版、英語、口語訳比較

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1 2 Corinthians コリント人への第二の手紙 3 11 ει γαρ το καταργουμενον δια δοξης πολλω μαλλον το μενον εν δοξη
栄光を奪われたものは、栄光の中に保存される可能性がはるかに高いからです

For if that which passeth away [was] with glory, much more that which remaineth [is] in glory.
過ぎ去るものに栄光があったなら。栄光のうちに残っているものはなおさらです。

もし消きえ去さるべきものが栄光えいこうをもって現あらわれたのなら、まして永存えいぞんすべきものは、もっと栄光えいこうのあるべきものである。
1 2 Corinthians コリント人への第二の手紙 3 12 εχοντες ουν τοιαυτην ελπιδα πολλη παρρησια χρωμεθα
そんな希望を持って 変な色がたくさん

Having therefore such a hope, we use great boldness of speech,
したがって、そのような希望を持っています。私たちは非常に大胆な言葉を使います。

こうした望のぞみをいだいているので、わたしたちは思おもいきって大胆だいたんに語かたり、
1 2 Corinthians コリント人への第二の手紙 3 13 και ου καθαπερ μωσης ετιθει καλυμμα επι το προσωπον εαυτου προς το μη ατενισαι τους υιους ισραηλ εις το τελος του καταργουμενου
そして最後に、廃止されたイスラエルの子供たちを見ないように、彼は顔に覆いをかぶせました。

and [are] not as Moses, [who] put a veil upon his face, that the children of Israel should not look stedfastly on the end of that which was passing away:
モーセのようではありません。 [誰が] 彼の顔にベールをかぶった.イスラエルの子らが過ぎ去りゆくものの果てをじっと見つめないようにするためである。

そしてモーセが、消きえ去さっていくものの最後さいごをイスラエルの子こらに見みられまいとして、顔かおにおおいをかけたようなことはしない。
1 2 Corinthians コリント人への第二の手紙 3 14 αλλ επωρωθη τα νοηματα αυτων αχρι γαρ της σημερον το αυτο καλυμμα επι τη αναγνωσει της παλαιας διαθηκης μενει μη ανακαλυπτομενον ο τι εν χριστω καταργειται
しかし、これらの意味は今日まで隠されていました 旧約聖書の朗読に関するこのベールは、キリストにおいて廃止されたものを発見されないままです

but their minds were hardened: for until this very day at the reading of the old covenant the same veil remaineth, it not being revealed [to them] that it is done away in Christ.
しかし、彼らの心は固くなっていました。 なぜなら、今日、古い契約が読まれるまで、同じベールが残っているからです。それがキリストにあってなされたことが[彼らに]明らかにされていないのです。

実際じっさい、彼かれらの思おもいは鈍にぶくなっていた。今日こんにちに至いたるまで、彼かれらが古ふるい契約けいやくを朗読ろうどくする場合ばあい、その同おなじおおいが取とり去さられないままで残のこっている。それは、キリストにあってはじめて取とり除のぞかれるのである。
1 2 Corinthians コリント人への第二の手紙 3 15 αλλ εως σημερον ηνικα αναγινωσκεται μωσης καλυμμα επι την καρδιαν αυτων κειται
しかし、今日までカバーだけが彼らの心にかかっています

But unto this day, whensoever Moses is read, a veil lieth upon their heart.
しかし、今日まで。モーセが読まれるときはいつでも。彼らの心にはベールがかかっています。

今日こんにちに至いたるもなお、モーセの書しょが朗読ろうどくされるたびに、おおいが彼かれらの心こころにかかっている。